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蕎麦処『桔梗亭』(北軽井沢) 北軽井沢のバス亭から北軽井沢ブルーベリーYGHに来る途中にある御蕎麦屋さんです。100年前の民家を改装した店です。蕎麦作り40年の信州そばの職人が毎日打つ名物の田舎そばは、手間ひまがかかっており、歯ごたえ、喉ごしともこだわりの味わいであるとの評判です。地元の冷たい清流が、麺に豊かなコシを生んでいるという話も聞いています。
この桔梗亭は、群馬県でも10本の指に入るほどの美味しい蕎麦屋。雑誌にも掲載されており毎日混んでいます。遠くからわざわざ食べにくる人も多いために昼時などは行列で開店前に、並び開店後も、待つことがあるほど混んでいます。品切れの場合もあり食べるときは、開店10分前には行かないと、すぐには食べられません。建物は、古い農家を移築した素晴らしい造りで、店内は、外観とは裏腹にジャズが流れるモダンなつくりで2階席もあります。 北軽井沢の御蕎麦手屋さんの中でも人気ナンバーワンなのが桔梗亭です。最近は、「みのり」に押されつつありますが、それでも味には定評があります。ただし信州らしい田舎蕎麦。てんぷらもボリュームがあります。ただ、ソバの切り幅が広く不揃いだったりすることもありますが、それは御愛嬌ということですね。 皆さん、おいしそうに食べていますね。 東京には蕎麦屋さんが多いですが、そばきりが食べられるようになったのは意外に新しく、寛永(1624〜44)の末頃に辻売りが現れ、1664年(寛文4)には吉原で売られ、18世紀初めに、そば店が江戸の町の各所にみられるようになったらしいです。そして江戸末期には非常に多くのそば店があり、「更科」や「藪」の名のつく店が多数できました。
更科は江戸麻布の永坂にできた「信州更科蕎麦所」と看板を掲げた店が最初で、産地からの直接販売を売り物にしたのがはやり、江戸全体に広がったといわれています。一方、藪のほうは、雑司ヶ谷鬼子母神門前や本郷団子坂の藪蕎麦が知られ、通人の通う所には「藪」が多いというところからきたといいます。つまり、麻布と雑司が谷が本家本元だったのですね。どうりで大阪に蕎麦屋さんが少ないはずです。 |
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