ジョンレノンゆかりの地

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ジョンレノンゆかりの地

 私が万平ホテルを訪れるきっかけは、ジョン・レノンが、1977年から3年間、軽井沢にある万平ホテルを訪れていたからでした。私の世代は、中学校の頃から、音楽の教科書にビートルズの「イエスタディ」が載っていた世代です。小さい頃から、大人になった今でも、ビートルズは大好きです。その、ビートルズの一人、ジョン・レノンが、自分にとっては身近な場所でバカンスを楽しんでいたということが、なんだか不思議な感じに思えたのでした。
万平ホテル ジョンレノンゆかりの地

万平ホテルホテルロビー

 旅籠「亀屋」として明治時代に生まれ、100年以上の歴史をもつ万平ホテルは、軽井沢初の洋風ホテルでした。ホテル中、至る所にクラシックな雰囲気が漂っています。皇室の方々や著名人が何度も訪れていることでも有名です。
万平ホテルロビー ジョンレノンゆかりの地

軽井沢彫り

 さりげなく、マガジンラックや、受付のカウンターが軽井沢彫りです。こういうものが置いてあるあたりは、さすが老舗ホテル! と、感心してしまいます。
軽井沢彫り ジョンレノンゆかりの地

亀のステンドグラス

 万平ホテルの大元は、なんと、江戸時代からあったのでした。1764年に、万右衛門が旅籠「亀屋」を始め、それが後に万平ホテルになったのです。このステンドグラスは「亀屋」にちなんだデザイン。日本的なデザインと柔らかな光に包まれたステンドグラスがとても美しいです。
亀のステンドグラス ジョンレノンゆかりの地

ジョンの足跡

 万平ホテルには、ジョン・レノン一家の写真が展示してあります。ジョンが軽井沢を訪れていた時代は、妻のオノ・ヨーコとの間に、息子のショーンが産まれ、ジョンは音楽活動から遠ざかり、自ら「ハウス・ハズバンド(主夫)」と称していました。暗殺されるまでの3年間、愛する家族に囲まれ、ジョンにとっては、本当に幸せな日々だったのではないでしょうか。そんな雰囲気がこの写真からも伝わってくるようです。
ジョンの足跡

ジョンのサングラス

 こちらは、ジョンがしていたサングラスです。ヨーコさんとの熱愛がうかがわれるレコードジャケットですね。そういえばジョンのレコード「Imagine」にも「Oh! Yoko」というこれまたヨーコさんを愛してますっていう歌が入っていますね。日本人はこういう表現、できないなぁ、と思いましたが。
ジョンのサングラス

ジョンとヨーコの切手

 こちらは、ジョンとヨーコの切手です。イギリスのもので、二枚組でした。イギリスという国は、空港にまでジョン・レノンの名前をつけてしまうのだから、本当にジョンを愛している国なんだなぁ、と思います。
ジョンとヨーコの切手

ルームキー

 こちらは、万平ホテルで昔使われていたルームキーです。ちょっとした手帳くらいの大きさがあります。外国人専用ホテルということで、大柄な外国人に合わせて、ルームキーのサイズまで大きかったのでしょうか?
ルームキー ジョンレノンゆかりの地

その後のルームキー

 その後、ルームキーは、手帳型から棒形に変わりますが、相変わらず大きい! 物差しかと思うくらいの長さがあります。確かにこれくらい長ければ、間違って持って帰ってしまうことはないと思いますが。平成元年まで、このルームキーが使われていたそうです。その後のルームキー ジョンレノンゆかりの地

昔のパンフレット

 デザインが素敵なパンフレットです。英語で書かれたフランス料理のメニュー表まであって、万平ホテルが、外国人避暑客にとっての中心的役割を果たしていたということがうかがえます。
昔のパンフレット ジョンレノンゆかりの地

万平ホテルカフェテラス

 ジョン・レノンが毎朝通っていたというカフェテラスに行きます。正面入り口の左手にあるガラス張りの明るいカフェテラスです。平日のせいか、私の他には一組のお客さんだけで静かな時間を過ごせました。夏になると、コーヒーを飲むだけで、1時間も待つことがあるそうです。冬に行くのはおすすめですね。
万平ホテルカフェテラス ジョンレノンゆかりの地

ジョンのロイヤルミルクティー

ジョンのロイヤルミルクティー  ここでの目当ては、ジョンが毎朝飲んでいたというロイヤルミルクティーです。紅茶とミルクのやさしい味が広がります。なんと、私にミルクティーを作ってくれたウェイターさんが、当時、ジョン・レノンのミルクティーも作っていたそうです。ジョンは、初めは、普通のミルクティーを飲んでいたそうですが、「ロイヤルミルクティーを作れますか?」と、リクエストして、それからは毎朝のロイヤルミルクティーがジョンの日課になりました。

松の実タルト

 ここの人気メニューの一つ、松の実タルトです。松の実というのは初めて食べたのですが、松ぼっくりの内側についている実だそうです。クルミのような、しっかりとした味わいで、ミルクティーと一緒に食べるとまたおいしいのです。
松の実タルト

カフェテラス

 実は、この後私はとても恥ずかしい失敗をしてしまったのです。会計する段になって、お財布がない! 「すいません、車にお財布を置いてきてしまったみたいで・・・」ウェイターさんは、嫌な顔ひとつせず、控えめな笑顔でした。
 それまでは、ジョン・レノンに浸っていたのに、一転して「おサイフ忘れたサザエさん」になってしまったのです。
「これで、お財布を持ってきてなかったら、私はもう万平ホテルの敷居を踏めない!」
青ざめた私は、小走りに車にもどり、お財布をつかんで駆け戻りました。 カフェテラス

カフェテラスの灯り

 ウェイターさんは、本当にいい人でした。駆け戻ってきた私に、
「良かったら、ジョン・レノンの泊まっていた部屋を観てみますか?」と、言ってくださったのです。ああ、なんていい人なんだ。さすがは万平ホテルで何十年も勤めている人だけある。おまけに、オノ・ヨーコさんの別荘の場所まで教えてくれたのです。あまりの嬉しさに、今までの恥ずかしさが一度にふきとんでしまいました。
カフェテラスの灯り

ジョンの泊まった128号室

 ジョンは、カフェテラスのあるアルプス館の128号室にいつも泊まっていました。建物自体は古いのですが、随所に今のホテルにはない歴史を感じさせてくれます。
ジョンの泊まった128号室

軽井沢彫りのデスク

 部屋においてある家具のほとんどが、軽井沢彫りのものが使われています。デスク、ドレッサー、タンスなど、外国人宣教師の為に作られた西洋家具と日本的な模様の軽井沢彫りの歴史そのものが、この万平ホテルに息づいているように感じます。 軽井沢彫りのデスク ジョンレノンゆかりの地

宿泊客風

「ここに泊まってるみたいに写真を撮りましょう」と、親切なウェイターさんが、写真を撮ってくれました。ジョン・レノン関連のホームページに、この場所で、ジョン・レノン一家が写っている写真がありました。ジョンと同じ部屋にいるという、嬉しさでつい顔がゆるんでしまいます。
宿泊客風 ジョンレノンゆかりの地

お茶セット

 各部屋のお茶のセットもこんな木のケースに入っています。お茶を入れるのも楽しくなりますね。
お茶セット ジョンレノンゆかりの地

猫脚のバスタブ

 このバスルームをよく見ると、バスタブの脚が猫の足の形をしています。この猫脚はガブリオールといわれるもので、18世紀のイギリスでロココ調の家具としてたくさん作られたものらしいです。こういうさりげないところに、優雅な演出がされているのも万平ホテルのすばらしいところです。
猫脚のバスタブ

玄関

 親切なウェイターさんに別れを告げ、万平ホテルを後にします。初めは気遅れしながら入った万平ホテルでしたが、帰りには、従業員の方々の暖かさに触れ、ジョン・レノンの面影に触れ、とても暖かい気持ちになっていました。
また、ロイヤルミルクティーを飲みに来たいです。
万平ホテルの玄関

幸福の谷

 ウェイターさんに教えてもらった、オノ・ヨーコさんの別荘に向かいます。ここは「幸福の谷」と呼ばれている石畳の小道です。英語で「ハッピーバレイ」と呼ばれるこの場所を命名したのは、外国人宣教師たちでした。新緑の頃はたくさんの人が訪れますが、雪の中、鳥の声だけが聞こえる幸福の谷も、別の世界に迷い込んでしまったようで、またいいものです。きっと、ジョン・レノン一家もここを散歩したのでしょうね。
幸福の谷 ジョンレノンゆかりの地

オノ・ヨーコの白い門

 この門の向こうにオノ・ヨーコの別荘があります。今では使っていないそうです。こんなに近くに別荘があるのに、わざわざ万平ホテルに泊まるなんて、さすがです。 オノ・ヨーコの別荘 ジョンレノンゆかりの地

オノ・ヨーコの別荘

 意外に小さな、目立たない別荘でした。夏だったら、葉が茂って建物自体は見えなくなってしまうでしょう。
ジョンは、軽井沢に通った「ハウスハズバンド」時代を経て、1980年、再び音楽界にカム・バックを果たし、ヨーコとの共作アルバム『Double Fantasy』を発表しています。と、いうことは、あのポーチで、ジョンとヨーコが共演していたということも、充分ありえそうです。残念ながら、その年の12月、ジョンは5発の銃弾に倒れるのですが、もし、ジョンが暗殺されていなかったら、この別荘からもっとたくさんの名曲が産まれていたかもしれません。
オノ・ヨーコの別荘 ジョンレノンゆかりの地

離山房

 ジョン・レノンの足跡をたどる旅は続きます。冬季はお休みをしていますが、ジョンが通っていたという喫茶店「離山房」へ行ってみました。軽井沢駅前から車で約10分。喧噪から離れた林の中にありました。
離山房 ジョンレノンゆかりの地

離山房のあづまや

 この、庭にあるあづまやで、ジョンはよく昼寝をしていたそうです。ある時、ジョンは、ここにライターを置き忘れました。そのライターは、その後店内にかざられ、ジョンのファンの間で『ジョンのライターで火をつけ、タバコを吸うと歌がうまくなる』という噂が広まったそうです。ライターはジョンの手に返ることはなく、後に、ふいに離山房に訪れたオノ・ヨーコの手に戻されました。その後、ライターは、オークションにかけられ、どこかのジョン・レノンファンの手に渡ったようです。
離山房のあづまや ジョンレノンゆかりの地

離山房

離山房 ジョンレノンゆかりの地  離山房の全景です。この写真を撮った後で気がついたのですが、離山房はオノ・ヨーコの別荘とよく似ています。白い壁に三角の互い違いの屋根。オノ・ヨーコの「お店の雰囲気をこのままにしておいて欲しい」という希望を入れて、お店はジョンが来ていた当時のままになっているそうです。
 夏になったら、ジョンの好きだったというブルーベリージュースを飲みに来たいです。