山家神社 |
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山家神社上田市真田町長4473-ロ2 真田地域自治センター産業観光課 0268-72-2204 山家神社の創建は古く、延喜式神明帳に名をつらねています。大国主命。伊邪奈美命(いざなみのみこと)、菊理姫命を合祀しています。古くは四阿山を神体としていました。養老年間(717-724)に修験者「浄定」が加賀白山より勧請合祀し四阿山に山家神社の奥宮を建立したそうです。 ここを本貫地とする真田氏のはじめは、戦国時代各地に割拠する小豪族でした。真田が大きくなるのは幸隆の時代であり、武田氏に臣従し武田氏とともに領土を拡大していったからです。 そんな小豪族真田が信濃の地で大名にまで上り詰められたのは、幸隆以前の時代から、四阿山の修験や菅平の放牧を通して京や全国の有力な豪族との関係が基礎としてあったからではないかというのが私見です。 上田からここ真田までかつて電車が走っていたことがありました。上田交通真田・傍陽線です。昭和47年に廃線となったのですが、終点の真田駅は山家神社の近く、現在は農協の支所となっているあたりだそうです。 |
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