はじめに 小論集 文化と自然1 文化と自然2 文化と自然3 文化と自然4 風土博物館
松島榮治先生の論文集

■はじめに
■今井東平遺跡の調査とその成果
 @黒色磨研注口土器
 A敷石住居跡

■修験道関係資料の調査
 @万座温泉の“礫石経”
 A華童子宮跡
 B三原出土の経筒
 C今宮白山権現
 D熊野神社の奥ノ院

■埋没村落「鎌原村」の調査
 @埋没した鎌原村
 A鎌原村の発掘
 B発掘調査の成果

■峠を越えての文化の流入
 @縄文文化繁栄の背景
 A修験道隆盛の背景
 B鎌原村の生活文化の背景

■おわりに

A敷石住居跡

 平成12年第8次発掘調査の際、敷石住居跡が発見された。発見された敷石住居跡は、床面を“鉄平石”とされる板状の安山岩で、その床面全体を隙間なく丁寧に敷きつめたものであった。その形は、六角形を呈し、1辺の長さは平均211センチ、対角線での長さは平均422センチを計り、極めて図形的なものであった。これが作られ使用された時代は、伴出した土器などからして、今からおよそ3,500年前の縄文時代後期初頭(加曽利B式)のものとみられる。

 この敷石住居跡で特徴的なことは、
 1、敷石の住居平面が、1カ所出入口のための位置変更があるものの、ほぼ六角形に形造られていること。
 2、敷石の床面がほぼ水平に形成されていること。
 3、規模・形状について、数値的検討を行ってみると、35センチを1単位とするいわゆる“縄文尺”に驚くほど一致すことである。

 こうした特徴は、どのような方策によって現出したものか、現在解明されていない。しかし、この敷石住居を構築するにあたって、基準尺度を使用して極めて計画的に設計・施工されたであろうことは確かである。