碓井関所跡 |
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碓井関所跡碓氷関所は1616年、江戸幕府によって設置されました。中山道は重要な交通路であったため、関東入国の関門として、幕府は「入鉄砲と出女」を厳しく監視しました。その東門が昭和35年、関所跡に復元され、関所資料館も建てられて、関所および交通に関する資料が展示されています。安政遠足(侍マラソン)が行われる日、関所周辺では「碓氷関所祭り」が開催され、獅子舞や子供関所役人隊などが繰り出しにぎわいます。 JR横川駅から旧中山道ぞいに少し行くと、碓井関所の跡がある。現在は門(東門)だけが残っていますが、関所資料館観覧希望の方は、下記に連絡すれば観覧できます。 〈連絡先〉 松井田町教育委員会 文化財係 TEL 027-393-1111 東西に門があり、西を幕府が、東を安中藩が守っていました。その東門が昭和35年、関所跡に復元され、関所資料館も建てられて、関所および交通に関する資料が展示されています。安政遠足(侍マラソン)が行われる日、関所周辺では「碓氷関所祭り」が開催され、獅子舞や子供関所役人隊などが繰り出しにぎわいます 碓氷関所 碓氷の関所は、江戸初期、元和二年から安中城主が代々守備にあたりました。なお、碓氷峠にはより勾配の緩やかな間道「入山峠」(現在の碓氷バイパス)「和美峠」(現在の上信越自動車道)があり、荷車や関所を避けたい人達(西へ行く女たちなど)が利用していました。 |
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